改めて、めんどくせえ

なんもかんもめんどくせえ。
かったるい。つらい。やってられん。

いきなりネガティブなワードが並んでしまったけれど、大体の物事において僕はそう考えている。ブログ書くのめんどくせえ。好きな物事に興じている時でさえ「こんなことしてなにになるんだろう」という腐った考えが頭の片隅に鎮座しておられる。そんな虚無感が体中にこびりついて酷い臭いを放っている。これを「虚無臭」と呼びたい。

虚無臭はいたるところで嗅ぎ取れる。物事が上手くいかないとき。好きな事柄に飽きてしまったとき。仕事に追われているとき。お金がないとき。
そして、自分を認められないとき。

今回は自己肯定の話をしたいと思う。

恐らく僕は、他人と比べて自己肯定力が低い。自分に何ができるだろう?と考えたとき、思い当たることはさしてない。他人と比べて秀でてるところはなんだろう?と考えたとき、自分は誰よりも劣った人間だと感じてしまう。いやいやそんなはずがない、お前にだって良いところはあるよ、と誰かが言うのだけれど、決してそれを認めることができない。なぜその様に考えるのか?それは成功体験の乏しさに起因すると考える。

そもそものところ、僕は努力するのが嫌いだ。頑張るのはめんどくさい。

そんな自分でも一応頑張ったことは何回かあって、だけどどれも上手くいかなかった。それらの原因は自身の適正の見誤りであったり、努力の方向性を違えていたり、そもそも目標となるものを立てずに暴走していたりと、まぁいろいろある。ただでさえ努力するのが苦手なのに、何かを成功へ導くことさえ下手だとすれば、それはもう何をやっても無駄じゃないのか。いつの頃からかそんな考えが頭を支配するようになって、やがて僕は行動することをやめた。

そうなった人間は自分を責めることになる。なぜ上手くできないのかと、なぜ行動をやめてしまうのかと、失敗を経験に成功への道を見いだせるのではないのかと。けれども一度億劫になってしまえばその殻を破ることはなかなかできない。そうやって内に閉じこもってる間に自己否定の言葉だけが力を増して、やがてそれは虚無臭となって自分の部屋にまでたちこめだす。休日ともなれば布団からなかなか抜け出せない。虚無臭には空気清浄機でさえ効果はないから困ったものだ。

だんだん鬱陶しい文章になってきたのでこの辺で抑えておく。僕は悲劇のヒロインになりたいわけではない。

課題となるのは、どうすれば自己肯定できるのか、という点だ。

さきほど成功体験の乏しさが自己否定を招く、と書いた。であれば、成功体験を重ねればおのずと自己肯定力が身につくはずなのだ。そこで「何をもって成功とするか」という問題が浮上する。成功にも大小あって、僕のような人間は何かを成そうとするとき大きなところを目指そうとする。ようは基準となるハードルが高いのだ。そこでハードルを下げる術が必要となる。

ハードルが高い人というのは、言い換えれば想像力に乏しい人のことだ。

例えばロックスターを目指すA君がいるとしよう。
まずA君は目標達成のためにギターを手にした。となれば、当面の目標はギターを弾けるようになることのはずである。しかしA君はまず世紀の大名曲から作ろうとする。そんなの無理に決まってる。なぜこのようなことになってしまうのかというと、「ロックスターになる」という大目的しか目に入っておらず、そこに至るための小目的の存在に気づいていないからだ。物事には手順があるということを想像できていないのだ。

もしくは、A君は自分の芸名から考えるかもしれない。これは努力の方向性を見誤る典型的なパターンだ。確かに芸名は大事かもしらんけど、やるべきことはそこじゃないだろカス。そんなことを繰り返しているうちに、A君いつまで経ってもロックスターになれないことに嫌気が差して自己否定に陥るのである。こういうゴミカスのことを世間では「身の程知らず」と呼ぶ。

そう、想像力に乏しい人間とはつまるところ身の程知らずなのだ。

昔、会社の先輩に「先輩と比べて全然仕事ができない」と相談したら、先輩はこう言った。「お前より何年もキャリアのある俺と比べるのはおこがましいと思わないか」と。新米にベテランの仕事が出来るわけがないのである。身の程を知れというのはだいぶん強い説教だが、これはとても大事なことだ。今の自分に出来ること、目指すところをしっかり見据えて、少しずつ出来ることを増やす。そうやって実力をつけていくことで自己肯定力は養われていくのだと思う。そしてそれは一朝一夕で成し得ることではなくて、日々の積み重ねが大事なのだ。めんどくせえ……。かったるいけど、しようがない。そういうものなのだ。

毎日毎日めんどくせえ、やってらんねえと思っているけれど、今のところの自分のチャレンジがこのブログだったりする。このブログで成し遂げたいのは、リアルな人付き合いにつなげることだ。特に、仕事を辞めた後の移住先と予定している沖縄での付き合いにつなげたい。そのための一番低いハードルとして、とりあえずなんでもいいから一記事書く、という目標を立てている。こんなとりとめのない暗い文章を誰が読むんだ??という気持ちはあるけど、これも自己紹介みたいなものかなと思うことにしている。考えにないことは書けないし、何もしないで布団でゴロゴロしてるよりはマシだろう。めんどくさいけど。
(少ないながら読者登録して頂いているかたもいらっしゃって、その方々には救われる想いです。ありがとうございます)

別の目的として思考の整理と文章の練習もある。これは割と有意義に感じていて楽しい。楽しいは正義。

断言するが、自己肯定の出来ない人間は不幸だ。
であるなら、少しでも幸せになるために種を蒔くのは決して悪いことではない。
まぁ、あまり期待せず、けれどちょびっと期待を胸に残して、ほどほどにがんばります。